時代の変化とともに、伝統工芸の業界は厳しさを増しているという。売り上げ減少、後継者不足によって廃業する企業も後を絶たない。そこで、会社存続へ向けて新たな挑戦を続ける、ひな人形の頭(かしら)製造を主に手がける有限会社大生人形(たいせいにんぎょう)大豆生田博代表取締役に話を聞いた。
ひな人形業界に黒船が来航
ーーまずひな人形の頭職人の仕事について教えてください。
伝統的なひな人形の制作は、頭制作や着付といった分業制です。ひな人形の頭職人は、頭の原型の制作から髪結いまで携わります。ただ、ひな人形の世界に黒船が来ているため、仕事の進め方が変わっていくかもしれません。
ーーどのような黒船がひな人形の業界に来ましたか?
平成中ごろまでは、ひな人形はひな人形店・百貨店などのみで販売されていました。しかし、今ではリーズナブルな雑貨屋さんで、おひなさまの置物が販売されています。置物の安価でかわいらしいデザインから、若い世代の人気が集まっているようです。
おひなさまの置物を製造する大手雑貨店の場合、複数人のデザイナーが話し合い、時間をかけて商品開発をしています。世の中のニーズを汲み取って製造された置物は、売れて当然。価格・デザインで競争すると、ひな人形店は大手雑貨店に確実に負けてしまいます。
ーーひな人形のデザインは、今と昔でどのように変わりましたか?
昔に比べると今は、かわいらしいデザインが好まれているように感じています。昔は目が離れているひな人形は考えられませんでしたが、今の若い世代には人気があります。私たちメーカーは、時代に合わせたデザインで制作できるように、美的感覚を磨かなければなりません。
ひな人形店も、時代に即したデザインを取り入れられるように試行錯誤しているところです。年々人形店からの要望も細かくなっているため、原形を制作する時間が長くなっているかもしれませんね。
ひな人形の原形は、人形店の要望を聞きながらたたき台を作って、OKが出るまで修正を続けます。人形店のOKが出るまでに、1年半かかることも珍しくありません。
ーー他にもひな人形業界に関する変化はありますか?
ひな祭りのイベントの形が変わってきていることも、ひな人形業界に影響を与えていると考えています。ひな人形を飾る主な意味は、初節句を迎えた女の子の成長を願うこと。
ひな人形・ひな段の飾りには、一つひとつ意味が込められています。たとえば、ひな人形の下に敷く赤い毛氈(もうせん)の意味は、魔除け。
でも今はデザインが重視されて、子どもの成長を祈る意味が重視されなくなってきました。若い世代には、毛氈のような赤色を使った伝統的なひな人形は家のインテリアに合わないため、購入されません。
そもそも、ちらし寿司やひなあられを食べるだけで、ひな人形を飾らなくなってきた家庭が増えてきています。
ーーなぜひな人形を飾らないのでしょうか?
飾らなくなった原因は、私にもわかりません。ただ、さまざまな事情が重なり合い、飾らなくなってきているのだと思います。
今は住宅事情が変わって、7段のひな人形を飾れるような広い家は少なくなってきています。バブルの頃に比べると、家の大きさも小さくなっているような気がします。
核家族が増えているので、以前の二世帯住宅よりも部屋数は必要ないのかもしれません。和室がある住宅が少なくなっていることも、理由の一つでしょう。
ーー他にもひな人形を飾らない理由はありますか?
昔はひな人形は、母方の実家が購入する嫁入り道具でした。娘が嫁に嫁いでしまうと、会えなくなることが多く、孫の顔を見るための風習でした。しかし、以前に比べると気軽に会いに行けることが多くなり、実家がひな人形を購入する風習が薄れてきています。
また、今の若い世代は税金の負担が増え、手取りで残るお金が減っているような気がします。少ない手取りの中で、高価なひな人形を買おうとする世帯が減っているのではないでしょうか。
ーー飾らなくなった結果、ひな人形にはどのような変化がありましたか?
現在、ひな人形の頭の主流の大きさは4cm程度。私が入社した35年前は7cm前後の頭が主流だったため、半分ほど小さくなってしまいました。
今の売れ筋のひな人形は、おひなさまとおだいりさまだけで飾る親玉飾りです。昔の主流だった7段の15人飾りに比べて、約7分の1まで人形の数が減っています。
今後は少子化によって生産する数がますます減少し、必要となるひな人形職人の数が減っていくことに危機感を覚えています。
ーー実際にどのくらい数が減少しているのでしょうか?
私が入社した35年前に比べて、明らかにニーズが減っていることを肌で感じています。半分、いや4分の1くらいかもしれませんね。
歴代のひな人形職人たちに聞いた話だと、1970年代のベビーブームによって、ひな人形はかなり売れていたそう。ひな人形の産地である岩槻の税金の半分は、ひな人形職人が払っていたと聞いています。ベビーブームにともなって、ひな人形職人は一気に増えました。
しかし、時代が変わるにつれて業界が縮小し、ひな人形職人の仕事がなくなります。ベビーブームで増えた職人のうち技術がない人や、時代に合わせて技術を応用できなかった人はひな人形制作の仕事を辞めました。
今は少子化によって、ベビーブーム後よりも職人が減っています。
この厳しい状況を乗り越えるためには、新たな挑戦が必要だと考えています。
会社を存続するために初めての試みへ
ーーどのような挑戦を考えていますか?
まず、今後ひな人形に携わる協業先が減っていくだろうと予測しています。ひな人形を制作するときは、頭を巻藁(まきわら)に刺して作業を進めます。しかし、需要の少なさから、15~20年前に巻藁を制作している企業が廃業しました。
ひな人形を制作する道具だけでなく、協業先も倒産するかもしれません。そのため、ひな人形の頭づくりを自社で完結できるようにしたいですね。
今はひな人形に使っているガラス目を、自社で制作出来ないか取り組んでいます。私が岩槻の伝統工芸士の会長をしている関係で、全国各地の伝統工芸職人との交流があります。ガラスを取り扱う職人に教えを請い、数年以内にはできるようにしたいですね。
ーー他にも挑戦したいと考えていることはありますか?
他には、会社を存続させるために、ひな人形を制作する技術を使って、新たなものづくりに挑戦しようと考えています。
たとえば、インバウンド向けの置物やアクセサリーなど。ひな人形の頭の作り方の一つに、石膏を使った作り方があります。シリコン型に石膏を流し込み、乾燥させる制作方法です。この作り方を活かせば、あらゆる石膏製のものづくりができます。
また、弊社のひな人形を作る技術力の高さは、メーカーや伝統工芸の業界にも伝わっています。同業者からの紹介で仕事をいただけることも珍しくありません。紹介でも仕事を増やしていけるように、技術力を高めてあらゆる分野に挑戦していきたいと考えています。
新たな挑戦に取り組む大豆生田代表取締役は、企業存続のために静かな闘志を燃やしている。大きな一歩を踏み出す姿を追い続けたい。